2024年3月10日 「2024年鈴鹿2&4レース」 に行って来ました!
初めから私が思っていたのが開催時期の早さ!!
私達がレースデビューをした1986年代はまだまだタイヤの進化がゆっくりでいきなり走ってもそこそこグリップはするし、コーナーリング中にしょっちゅうスライドをした記憶がありそれを身体やアクセルワークでコントロールして走っておりました。
当時は国際A級ライダーの全日本がお休みの凍える様な寒さの冬に開催が初まっておりました。
2~3回の走行に一度は転倒をしていた時期もあった記憶もありますが今の世界最高峰のレースを見ても殆どグリップ走行をしており私達にしてみると何だか迫力に欠ける感じがしてなりません。
解りやすいレースは鈴鹿でシュワンツとレイニーが接戦をしたレース。
★シュワンツ対レイニー89年鈴鹿→ https://www.nicovideo.jp/watch/sm12447910
★元気の良かった!?シュワンツ!→ https://www.youtube.com/watch?v=UGsMYcWHd4M
シュワンツのアグレッシブな走りは未だに記憶に残っており色々な電子制御の装置によりより速く走る事の出来る今のマシンも良いのですがライダーの感覚でパワーやタイヤのグリップや他にも色々な面をコントロールする頃の楽しさを思い出します。
勿論、サスペンションやマシンのセットアップは大切ですし、各メーカー毎にパワーの差などはありましたが今現在よりも「シンプル」であり面白かった気がします。
タイヤにしてもそうですが初めからウォーマーを使い温めておかなければ 走れない今現在と私達がしょっちゅう滑らせながら走っていた頃と何もかも違ってきており、今回の寒さではレース自体が危険なのでは!?と私は思っておりました。
私が応援に行かせて頂いた関口太郎選手も前日の走行で転倒をしておりますが全く寒さの影響が無かったはずがありません。
それでも転倒せずに決勝を走り切ったライダーさん達にはご苦労様と言わせて頂きますが残念な事に関口太郎選手はろっ骨を痛めてしまい何とか決勝をスタートしたのですが赤旗中断となりピットに戻って来た時点で傷みが激しくリタイヤとなってしまいました。
早い回復と次戦からのレースへの影響が無い事を祈っております。
残念と言えば我が社にも遊びに寄ってくれたりしてくれていた秋吉耕佑選手も転倒をしてしまいましたがピット内にいた本人に大丈夫かと尋ねると大丈夫と言ってくれていたので安心を致しました。
ペースカーが入った時点で残り4周ではありましたが寒さの為、タイヤが完全に冷えてしまった危険性もあったのか赤旗が振られその時点での順位が正式な順位となりヤマハファクトリーの中須賀克行選手が優勝となりました。
そして私が途中までしか応援の出来なかったやはり第1戦となるスーパーフォーミュラですが予選では3番手であった野尻智紀(TEAM MUGEN)が独走状態で優勝!
一昨日よりは少し温かい路面になったとは言えタイヤの選択も大きな要因では無かったのでは無いでしょうか!

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