何と!この「サツキとメイの家」を設計したのは 私の高校時代の同級生で3年間同じクラスであった山田達也くん!
掛川工業高等学校時代の3年間を同じクラスの同級生として一緒に過ごしていた時にはまさかこの様な事になるとは想像も出来ませんでしたが、自分も彼を含め皆で毎日バイクの話をしておりましたがあの頃に憧れていた国際A級ライセンスのライダーになるとはお互いに夢にもと言いますか全く頭にも浮かんでいなかったと思います。
そんな彼が建築設計士となり、宮崎駿監督に依頼をされ設計をした愛・地球博記念公園にある「サツキとメイの家」に遂に行くことが出来ました!
直ぐ近所の大変お世話になっているお客様でもあり車好きな仲間でもある仲間のところに納車がありメチャメチャ暑い中ではありましたが寄ることが出来たのです!
そして会場に行き西駐車場の休憩所からバスに乗りしばらく歩くと遂に「サツキとメイの家」に訪問が出来ました!
彼は私が実行委員長であった「掛川工業高等学校50周年記念事業」の時にも私の依頼を気持ち良く引き受けてくれ「ひとつのクラスが変えた人生~宮崎 駿監督と出会って~」というタイトルで記念講演を見事にこなしてくれました!
彼に許可を取り少しだけ宮崎駿監督と山田達也くんとの「拘りの凄さ!」を紹介します!
今からもう7年程前に私が彼に遠路東京より来て貰い記念事業の打ち合わせをしたのですがまずは彼のiPadの動画を見せて頂く所から話が始まりました。
ここで驚きであったのが彼や宮崎駿監督の凄さ!!
とにかくこの「サツキとメイの家」に関しては一品にまで拘り小物をワンオフで製造したり、明治村に行って当事の建物の研究もしたりしたそうです。
ガラスも今の時代の物では透明感が高すぎる為、あえて古い昔のガラスを探し手に入れたとか!
要は「映画の時代の建物であり、アニメーションの中の建物と比べられても絶対に文句を言わせない!」と言う考えで造った様です。
おまけに新築なのに古い建物に見えるように仕上げないといけないし、全てが機能するようになっているのです!
一般の方々が入れなかった二階も実は映画と全く一緒!
危険性を考えて階段を登らせなかったようですが、設計上でかなり苦労をした部分だと彼が言っていました。
そしてこの階段を登るとやはり映画と同じ手すりのある2階の部屋!
サツキやメイが「まっくろくろすけ」と遭遇した部屋がそこにはあり、板張りの壁には映画と同じ様に「まっくろくろすけ」が逃げ込んだ隙間までしっかりと再現されています。
そしてその隙間に実際に手を入れると!
中にいる「まっくろくろすけ」に手が触れて実際に手に黒い墨が着くようになっているそうです!!
そして更に驚きなのが考古学の先生であるお父さんの書斎!
実はこの部屋の考古学の書物も古くて貴重な本物を仕入れなんとこの本の価格だけでも・・・・・・普通の小さな家を建てるのと同じ位の金額が掛かっていました!
そんな拘りの数々を聞いていると本当に楽しく、ファンの皆さんにも聞かせてあげたい事ばかりなのです。
そして彼は「豚屋」と名付けられた宮崎駿監督が拘りに拘りぬいた監督のアトリエの設計やジブリ関係の建物などの設計も任されています!
その「豚屋」は彼が「未だにあのアトリエ以上の物が出来ない・・・・・」と言っている建物なのです!
あのアカデミー賞やアニメーション監督としては初となる文化功労者にも選ばれた「宮崎駿」監督が彼の腕を買い、「ご自身のアトリエ」を含む8つ(約7年前の時点)の建物の設計を依頼した理由が良く解りました。
勿論、彼の話から宮崎監督の凄さや普段のスタイルも知る事ができ色々と驚いたりもしました!
お時間のある方は私のブログでさせて頂いた彼の紹介と彼の作品であるジブリ関係の建物の見れるウィキペディアへのリンクを貼り付けておきますので是非見て頂きたいと思います!!
★宮崎駿監督に腕を買われた男「山田達也」→ https://ino.hamazo.tv/e3253047.html

昨日はどうも❗
ちゃんと着けたんですね
ぼくはまだ行ってないからそのうち行こうかな
近すぎて行かないものですわ
ひさちゃんどうも!
本当に何台もお世話になっており「ひさ家」の皆さんには大感謝です!
そして行く度に寄りたかった「サツキとメイの家」にも遂に行くことが出来ました!
いかにバタバタとしていたかをご理解いただきたいと思います!(笑)
近所なのでひさちゃんが行く時には言ってよ!仲間から聞いた色々な技術的な苦労を
教えるからね!
男の方やお父さんはそんな話を聞いた方が絶対感動すると思うよ!