山口県へ軽自動車のミラジーノの仕入れに行ったことから始まったこの度の私の九州・熊本への出張。
従業員さんのアドバイスにより熊本からまたまた関門橋の直ぐそばの下関に二日目の宿を取りましたがまたまた直ぐに寝てしまい夜のお酒を楽しむことも出来ませんでした。
しかし色々な場面で「旅の良さ!」を感じ今後はタップリと時間を取り旅を楽しんで行こうと思いました!
写真は二日目も直ぐにダウンをしてしまった私がやはり従業員さんのアドバイスで寄らせて頂いた「唐戸市場 」での朝食!
地元自慢の「ふく」やイクラ、ウニなどの贅沢な素材を使った寿司を何と朝から関門海峡を眺めながら海沿いで食べるという贅沢なもので旅行が好きな従業員さんにアドバイスを貰わなければマジでコンビニのパンだったのです・・・・・
まあ贅沢で旅らしい時間はこの時だけだった気もしますが今回は地元の皆様のお陰で「コツコツと被災地応援プロジェクト」として応援をさせて頂いた町の方々にお会いすることと現地の状況を少しでも確認することが目的で本当にホッとする気持ちになれた場面と東北の皆さんと同じ様に「まだまだ応援をさせて頂かないと!」と改めて思った旅となりました。
今後も被災地の皆様からのリクエストに応えて行くつもりですのでその時には皆様方の更なるご協力を宜しくお願い申し上げます。
とにかく倒壊した住居の片付けが始まっていない事に驚きましたが今後はボランティアの方々にばかり頼らずに直ぐに一般の業者を利用し重機などで救助や片付けが出来る様にルールを変えて頂きたいものです。
そして下関を出発した私は世界中の方々に「ヒロシマ」として知られている第二次世界大戦終盤の1945年8月6日にアメリカに原子爆弾を投下された広島市に向かうことに致しました。
広島の町が一瞬にして消えてしまい約16万6千人の方々がお亡くなりになられたという原子爆弾の威力は想像もつきませんが気を付けなければならないのがその技術は70年近く前のものだったという事なのです。
今現在でも当時広島の被害の大きさに驚きますがその後70年以上も経った今、兵器は当時と異なり更に悪質なものになっていると私は思っています。
70年も経って当時のままの技術であると思う方が不思議であり世界中で開発がされている兵器の怖さを私達は勉強する必要があるでしょう。
今回は神戸にも行きたかったので原爆ドームのみに行かせて頂きましたがボランティアの方が海外から来たであろう皆さんに英語で一生懸命に何かを説明されておりました。
皆さんの真剣な姿で話の内容が解る気も致しましたが私も広島カープのリーグ優勝が見えて来たこともあるのかとても盛り上がっている街中を見て確実に復興がされていることを確信いたしました。
そして原爆ドームの見学を終えた私は今回の最終目的地である神戸に広島高速と山陽自動車道を利用しミラジーノで向かいました。
神戸は阪神淡路大震災の時に応援に行かせて頂いたこともあり最近では新幹線の新神戸駅周辺までは来たことがあったのですがゆっくりと被害の大きかった街中の復興の状況を見る機会が無かったのでどうしても寄りたかったのです。
残念な事にやはり広島から到着した時間が遅かった事と自分の体力がヘトヘトだったこともあり以前に来た時に応援に来させて頂いた町の皆さんにお会いすることは出来ませんでした。
やはり従業員さんがとってくれたホテルに到着したのがまたまた遅い時間であった事もあり翌日に静岡まで一気に帰ることも考えてホテルの目の前の波止場まで足を運びポートタワーや近隣の綺麗な夜景を楽しんで休む事となりました。
翌日は神戸を出発し一気に静岡県まで帰って来ましたが今回は色々な意味で「復興 」という事を考えながら行きたかったのですが移動が思った以上に掛かってしまい結局最終的にゆっくりと出来ませんでした。
今後はピンポイントで色々な所にゆっくりと行こうと思っておりますが東北も九州もまだまだ「復興 」に時間が掛かることを忘れずに今後も出来る限りの応援をして行こうと改めて思った主張と旅となりました。