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熊野の長藤。ゆやとお母さんの温かな物語。

磐田市の豊田町池田にある熊野寺には毎年「熊野の長藤」と呼ばれる藤の花がお寺一面に垂れ下がりとても綺麗で毎年私も見に行きます。
「熊野の長藤」と言われるいわれは母と一緒に奉られている熊野と言うお母さん孝行の娘さんの名前からなんですが私の聞いたなかでの話しをさせて頂きます。
約800年程前に熊野と言うとても素晴らしい皆のお手本にもなる様な女性がこの地にいたそうです。
そしてその噂を聞いた京の将軍からの再三の熱烈な誘いがあり断れず都に行く事になりました。見初められたんでしょうね。
優秀な熊野はやがて皆から慕われながらとても偉い地位の女性となって行ったのです。大奥みたいな感じでしょうか?
そんなある日、遠く離れた故郷の母の病を手紙で知る事になりました。毎日心配でしかたない熊野は母に会いたくて故郷に帰りたいと将軍様に言ったのですが許して貰う事が出来なかったんです・・・・そういう時代だったんでしょうね。
しかし無理やり連れられて行った花見で「いかにせむ都の春も惜しけれど、なれし東の花やちるらん」というせつない想いの熊野の一首の歌にさすがの将軍様も読んだところ心をうたれ熊野に帰郷を許したそうです。
そして池田の地に戻り病の母と念願の再会が出来た訳です。お母さんも熊野に会えた嬉しさとその後の看病によりどんどん回復に向かい最後には完治したそうです。
当然その後、都から将軍様から何度も戻る様に手紙が来るのですが熊野はたとえ平凡でも大好きな母との時間を優先してこの地で暮らし三十三歳でこの世を去ったそうです。
私はいつも熊野の長藤を見に行く度にこの話しを思い出し「熊野ってどんな人だったんだろう・・・・」ってお墓の前で手を合わせながら思ってしまいます。
毎年見ていると解りますがこの樹齢約800年と言われる藤の木、今年は冬が寒かった為か藤の花の長さが短い様な気がしました。

3件のコメント

  1. みっちゃん

    なんと美しい話なのでしょう☆

  2. Supaki

    なんだか、「熊野」って言う字を見てしまうと、どうしても三熊野神社を思い出してしまうのは私だけでしょうか・・・

  3. ino

    みっちゃんどうも!
    珍しくまとも!?なコメントに驚きです!(笑)
    実は本当はもっと細かい話があるんですが書き切れませんでした。
    実際は藤は熊野の好きな花であっただけで植えたのは熊野では無かったそうです。
    そして将軍様も戦いで滅びてしまい熊野はその後髪を剃り、自宅を念仏道場として平常信仰していた
    十一面観世音を本尊として信仰生活をしていったそうです。
    そして三十三歳でこの世を去ったそうです。
    お母さんの元で暮らせ幸せだったと思うんですが何だか寂しい話に感じてしまうのは私だけでしょうか。
    Supaki くんどうも!
    その通りで私達の地元でも「熊野大頭龍神社」って神社がありますが何か関係があると思いますね。
    キッチリと調べたいんですが時間があまり無いんでSupaki くんへの宿題とさせて頂きたいと思います!
    今週中でOKなんで宜しくお願いしますね!!(笑)

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