2011年の3月11日に起こってしまった東北地方を襲った大きな災害。
父の故郷が福島県であり母の故郷が宮城県であった私達は連絡が3日も全く取れない状況で「俺がバイクで確認に行くよ」等と言ったりしておりました。
そのバタバタな中で私の誕生日が過ぎて行きました。
その後連絡が取れ故郷の親戚の被害は殆ど無く皆が無事であった事が解りました。
しかしテレビやネットなどで現地の状況を目の当たりにした私は何か出来ないかと直ぐに現地に行っていた仲間に情報を貰い全く何が出来るのかが解らない中で現地に行き色々な情報を確認し初めは皆さんのご協力を頂き色々な物資を届けさせて頂くようになりました。
その時に立ち上げたのが当時の磐田信用金庫さんや社協さん等でも紹介をして頂けた「コツコツと被災地応援プロジェクト」でした。
募金だと言ってもテレビで堂々と多額の金額を集めている団体も全く機能がしておらず大きく東北を見てしまうと何をして良いのか解らなかった為に「一人一町制」という意見を出させて頂きました。
これは被災地の方々から直接意見を聞き「必要な物を自分がフォローしようと決めた個人や町単位の方々に行う」というものでそうすることによって効率の良い物資の供給が出来ると思ったのです。
初めはバイクで回り地元の皆様から頂いた物資を配らせて頂きながら色々な避難所を見た私は初めは南三陸町のとある町をフォローさせて頂こうと思ったのですが老人の方々が多く大変そうだと思った陸前高田市広田町の方々をフォローさせて頂こうと決めたのです。
ネットでずっとその様子をアップして来たのですが一つ前の記事で温かな方々のご協力を頂きほんの一部の活動が解って頂ける様にまとめてみました。
先ずはバイクを陸前高田市の方々に工具やタイヤのチューブや空気を入れる為のコンプレッサーもセットで届けさせて頂きその後は陸前高田市の大きな避難所と広田町に2台の軽トラックを車検と登録も済ませ届けさせて頂きました。
皆様から優しくも熱い応援をして頂きその後は広田町の仮設住宅のお年寄りの皆さんからリクエストを頂いた52枚の新品の電気毛布を贈ることも出来ました。
常に色々な偶然が起こる私ですが震災後の一年目のNHKの特番の生中継がこの小さな町の広田町から始まり緊張をしながら見ていた私は本当に驚いたものでした。
そんな大感謝の活動をさせて頂いている中で私の誕生日は明るくお祝いする感じでは無くなってしまったのです。
しかし段々と月日が流れるうちに家族や周りの仲間のお陰によって誕生日のお祝いをして頂く様になり何と今回は人生の中で一番沢山の皆様にお祝いをして頂けた年になりました!
Facebookの方にも沢山のお祝いのメッセージを頂いており仕事の合間に息抜きをしながら心を込めたコメントをお返しさせて頂こうと思います!
素敵なケーキを頂き孫っち達にお祝いをして頂き、毎年恒例となった誕生日ランチも楽しめ、Facebookでは「とあるグランドホテル貸し切り!」などとジョークを言ってしまいましたが夜は歩いて行けるホームグランドの居酒屋さんで大切な方々や初めてお会いする方々にもお祝いをして頂けました!
とにかく人生の中で一番沢山の方々からお祝いをして頂けた大感謝の2021年3月12日の誕生日として記録に残させて頂きます!!

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