たった2日間、仕事と二日酔いのために実際には一日弱!しかいれなかった沖縄の旅も首里城をラストに終わりました・・・・いや終わるはずでした!
ところがこのタクシーの運転手さんが最後に私に思い出をくれました!
お名前が何と玉那覇さん!本当は後の名前も言いたいのですが個人情報でもあり凄いんで内緒です!(笑)
首里城で偶然に拾ったタクシーの運転手さんなんですがとっても楽しい!!
私が「空港に急いでるんですがもし3時30分までに間に合えば、少し遠回りをして観光出来る道を通って頂けますか?」と少しでも沖縄を感じたい気持ちで言うと無言で走り出してくれました。
玉那覇さんは名前の通り!?の沖縄生まれで何と人生で一度も沖縄から出た事が無いそうです!!!
海でアメリカ兵から逃げた思い出も語ってくれたので結構なお歳だと思いますが、雪も一度も見た事が無ければ富士山も新幹線も見た事が無いとおっしゃっていました。 驚きでした!
リニアモーターカーの話をするとかなり驚かれていました。あまりテレビも見ないんでしょうね。
走っている時に話をすると嬉しいのですがやたらと後ろを振り返ってくれ、車の時速が30キロ!くらいになってしまい、後ろからホーンを鳴らし怒って抜いていく車に私が何度も頭を下げました・・・・・(笑)
そんな玉那覇さんが空港まで向かっている時に「ここが旧日本海軍の司令部壕で海軍が基地の様に・・・」等と言いながら「旧日本海軍の司令部壕跡」に止まってくれました。
すると駐車場に車を止め「寄ってきますか!」といきなり!空港に間に合うか解らずヒヤヒヤしていた私の事をすっかりと忘れちゃっているではありませんか!
私が改めて事情を話すと「じゃあ少しだけ・・・・」って言って歩き始めちゃうんで、時間の事を聞くと「少しなら大丈夫」と言ってスタスタと行っちゃいます!!
おまけに到着したのは有料の見学ルートの出口!時間もそうだし勝手に入って怒られないか心配でしたが玉那覇さんに着いていきました。
そこにはまだ中学生位なのに軍服を着て戦争で亡くなった悲惨な子供達の写真や大変な目に合いながらも暮らす人々の写真が・・・・・じっと見ていた当時を知る玉那覇さんの横顔も印象に残りました。
軍人の方々自らが掘って地下に造った通路や部屋は未だにそのまま残されていて色々な悲しい物語があった事も知りました・・・・・沖縄が戦争で大変だった事も。
そして「行きますか?」の玉那覇さんの言葉で私達はいよいよ空港に出発しました。 そして意外に早いタイミングで空港に到着。 やはり玉那覇さんを信じて良かったです!(笑)
タクシーを降りる時に「2000円で良いですよ」と言われましたがメーターも動かしていない温かな玉那覇さんに「これ先程のお礼です!」と言いながら私は3000円を渡しました。 
「これで美味いもんが食べれます」と言い返してくれた玉那覇さんともついにお別れでしたが、またまた沖縄の方ののんびりとした温かさを感じる事ができました!
空港で手続きを済ませ、いよいよまた恐怖の飛行機でしたが、今回の初めての沖縄で沢山のとても温かな初対面の方々にお世話になりました。
車を「ついで」に納車いたしましたが、Oちゃんや奥さんにもこんなチャンスを頂けてとっても感謝しています。
もう飛行機にはあまり乗りたくありませんが、次回はゆっくりと沖縄を楽しみたいと思います!
二日酔いに気をつけて・・・・・・・・・・・(爆)
その他の思い出の写真
涙を流してくれている!?シーザー!
沖縄らしいですね!
そしてカワイイ飛行機!
の手前の・・・・・私を乗せて帰って来てくれた飛行機!